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カテゴリー「好きなうた」の4件の記事

2007.06.06

ウィンターランド最後の瞬間、あるいは We Bid You Goodnight

 噂のお店は、単なる小休止、近々再開のようで。まずは、めでたしめでたし。

 ということで、思わぬことから注目浴びることになった? We Bid You Goodnight について少々。

このトラッド曲は、特に60年代末~70年代初期、80年代後半の一時期、グレイトフル・デッドのコンサート・エンディング曲の定番であったわけですが、おそらく最も美しかった瞬間は、1978年12月31日、サンフランシスコ、ウィンターランド最後のコンサートの時でしょう(と勝手に決めつけてみる)。

 幸い、その晩の演奏は、FM と TVテレビで中継されており、今ではDVD(素晴らしい!)で見ることができます。演奏は神レベル(と勝手に決めつけてみる)。

Closing of Winterland
Closing of Winterland

 当夜出演したブルース・ブラザースの片割れD.エイクロイドが張りぼての宇宙船に乗って登場して始めるお馬鹿過ぎるカウントダウン。続いて始まるオープニング Sugar Magnolia(多すぎる風船で舞台がしばらく見えない(笑)) 。アンコールの Casey Jones、Johnny B. Goode まで、6時間以上続いたデッドの演奏が終わっても誰も帰ろうとしません。
(もっとも、「ビル・グレアム ロックを創った男」(大栄出版)によれば「デッドの場合、コンサートが終わっても、そのまますたすた帰っていく客はいない」そうで)

 ウインターランドでのショウ終了後の儀式、会場に流れる「グリーンスリーブス」。それでも誰も帰ろうとしません。映像はそこで終了。

 そして、始まるのが We Bid You Goodnight

 おそらく、帰らないオーディエンスに応えて、デッドのメンバー達が突然舞台に出て演奏が始まったのでしょう。
 映像はすでに撮影はされてなかったと思われ、DVDでは、その箇所はフェイド・インのスチール写真。発売されている4枚組のCDでもフェイド・イン収録です(ただしDVDよりフェイド・インする箇所は早い)。
 裏方さん達はすでに撤収体制に入っていたのでしょう。録音隊が慌ててテープを回す光景が想像できます。

 We Bid You Goodnight 終了後、さらに続くのがビル・グレアムの長いスピーチで(DVDの英字幕で確認できます)、最後の言葉は、


  「君たちは居たいだけここに居てもいいよ。いいね」


 ・・・・・・泣けますな。

●まさに、「これから規制退場を行います。皆様ご協力ください」「まもなく閉館でーす、お帰りくださーい」なんてのとは対極の世界。幸せな時代だったんですね。「ビル・グレアム ロックを創った男」の「第16章ウィンターランドの閉鎖」を読むと舞台裏では苦労もあったようですが。

Billgraham_1

 おそらく今のアメリカでもこんなことは過去のノスタルジーでしかないでしょう。

 ちなみに、ウィンターランドの閉館は、老朽化した建物(コンサートをやる度に天井から石膏が落ちてくるほど)の修理に莫大な費用がかかるため決められたそうです。


「ウィンターランド以降、サンフランシスコは様変わりしてしまい、ショウを見にいっても、共同体的な意識を感じることはなくなった」(ビル・グレアム、前掲書「第16章ウィンターランドの閉鎖」)

●ウィンターランドは、もちろんザ・バンド最後のコンサート「ラスト・ワルツ」(1978年4月11日)の会場であったわけですが、セックス・ピストルズ最後のコンサートもウィンターランドなのでありました。その場所には現在マンションが建ってます。


より大きな地図で Winterland を表示

2007.01.21

ドミノスのライブ版 Layla を聴いて妄想する週末

●1970年11月29日、メリーランド州オーウィングス・ミルズ(Owings Mills)公演での Layla の凄まじい演奏を聴いていて、この頃の Layla は、演奏中のECのタイム感覚が今と2倍くらい違うんじゃないかと痛感しました。
 後半のソロ部分のもの凄いスピード感。今のクラプトンからは、もうこういう演奏は聴けないですね。

 聴いたのは、TINKER BELL というレーベルからリリースされた音源で、宣伝文句では、近年になって出回ったロー・ジェネレーション・テープを元にしてるらしいです。
 たしかに私の持ってる4~5年前までトレードで流通してたものより聴きやすいです。音像が一回り大きくなり、楽器やヴォーカルもクリアに(マニアが喜ぶ程度ですけど)。

 これが宣伝文句通りのロー・ジェネレーション・テープによるものなのか、あるいは何らかの電気的な処理の結果なのかはわかりません。私は前者に一票。

●それはともかく、Layla がドミノスの公演で演奏された(と現時点で確認されている)日をあらためて調べてみました。

11月27日 ミズーリ州セント・ルイス公演
11月29日 メリーランド州オーウィングス・ミルズ公演
12月 1日 フロリダ州タンパ公演

の3公演。もちろん全部ブートになってます。27日音源はつい最近までは一部の人しか聴けない秘宝?でしたが。

 他に Layla が演奏されたかどうかは今となっては謎が多いのですが、上記セント・ルイス公演前日の26日オハイオ公演は有名なオーディエンス録音が残っているので、Layla が演奏されていないのを確認できます。

 28日はセットリスト自体が不明ですが、27日からの4公演中3公演で演奏されているのですから、この日も演奏された可能性は高いのではないでしょうか。

 12月2日はNY州シラキュース公演で、以前からデュアン参加説が根強く主張されてますが、真偽のほどは不明です(Marc Roberty の Eric Clapton, THE NEW VISUAL DOCUMENTARY には、デュアンが参加したと書かれてます)。
 オールマン・ファンの間では参加説・不参加説どちらが有力なのでしょうか。教えてくださ~い。

 ちなみに、ドミノスは、10月15日にスタートしたUSツアー中、11月25日から12月6日(ラスト・コンサート)まで、11月30日以外は毎日コンサートを行ってます。
 タンパ公演前日の11月30日は、オフ日ですが、おそらく、アルバムのミックスダウン確認のために30日はオフにしたと思われます(ドミノスのメンバーが、タンパ公演のためフロリダに来た際、クライテリア・スタジオ入りしたことは、The Layla Sessions の英文解説にあり)。

 タンパ公演以降で録音が残っているのは、12月5日、6日のNYでの公演ですが、レイラは演奏されていません。

●こうしてみると、Layla がライブで演奏されたのは、デュアンがバンドに加わったタンパ公演(あるいは翌2日のNY州シラキュース公演)までの数日に集中しているんですね。

 どうも、デュアンがタンパ公演に参加することが決まってから、急に予行演習をかねて Layla をやり出したような気がするんですが、どうでしょう。それとも、去年のジャパン・ツアーの Little Wing みたいに、「そういえばレイラやってないから、やってみようかな」ですか(笑)。

●余談ですが、ドミノスのツアー日程と Layla のレコーディング日程を付き合わせていて奇妙なことに気づきました。

 The Layla Sessions に記載されてる Mean Old World の録音日データ(10月2日)です。

Love
The Layla Sessions

 10月2日は、ドミノスはイギリスにおり、ノッティンガムの工科大学(College of Technology)で公演。オールマン・ブラザース・バンドは10月3日にケンタッキー公演をやってますから Mean Old World の録音日が10月2日というのは絶対にあり得ません。

Mow

●おそらく Mean Old World は、通常のレイラ・セッション時に録音されたんだと思います。

 10月2日録音と誤記された理由ですが、The Layla Sessions 掲載のテープ管理用データシートによると、10月1日に Layla と It's Too Late のオーバーダビング作業が行われています。
 そのスタジオ作業時に、管理データの記載がなかった Mean Old World のデータが「10月2日」と記載されて、それが録音日と誤解されたまま The Layla Sessions にデータとして記載されたのではないかと思います。
 つまり、10月2日というのは、「録音日」ではなく、録音テープにデータを記載した「保管作業日」の記載。

 ちなみに Layla と It's Too Late のオーバーダビング作業ですが、前者はもちろん、あのピアノ・コーダのダビング作業。後者はブリッジ部分のECのヴォーカルという地味な作業でした。よく聴いてみるとブリッジ部分のヴォーカルが後から張り付けたような響きですね。

 写真は It's Too Late のデータシートの一部で、9月9日に、ボビーとECのヴォーカルをオーバーダブ(O/D)後、EC部分だけ9月9日のを削除(×印あり)して10月1日にオーバーダブをやり直してるのがわかります。

Toolate

 もし Mean Old World の録音日データが抜けたままになってたという推測が正しいとすると、その理由ってなんなんでしょうね。リハーサル部分も含め20分以上もあるのに。

(追記)
It's Too Late の「ブリッジ部分のヴォーカルが後から張り付けたような響き」なんて書きましたが、ちょっと大げさでした。
張り付けたように聞こえる部分もある程度です。普通に聴いてるとオーバーダブとは絶対わかりません。
トム・ダウド凄すぎ。

2006.12.19

Derek and The Dominos / Why Does Love Got to Be So Sad (by Clapton and Whitlock)

 クラプトンのジャパン・ツアーは終わりましたが、音源を聴く楽しみは続きます。
 気分は、「まだまだ!」(by 岡部幸雄)って感じですかね。

 EC御大の方は、帰国後も完全オフではなく、こんなところに出入りしてるようです。

 では、当ブログのカテゴリー「好きなうた」として、思い出と共に、この曲について少々。

●2006/2007年ツアーの初日のセットリストを見て、I am Yours と Anyday を目にしたときには、激しく胸がトキメキましたが、ほとんど衝撃に近い興奮を覚えたのは、5月23日のロイヤル・アルバート・ホール公演のセットリストにこの曲 Why Does Love Got to Be So Sad を見つけた時なのであります。

 「恋は悲しきもの」という名邦題が付けられたこの曲に、たまらん愛情を感じる人は非常に多いようで、今ツアーでの30数年ぶりのセットインは、ECファンの間では大騒動?になったものです。

 残念ながら、この曲はセットインしたり落ちたりを繰り返したあげく、ヨーロッパ・ツアーの比較的初期にセットリストから落ちてしまい、ファンは大いに狼狽しました(ですよね?)。ジャパン・ツアー中も、「この曲の復活はあるのか?ないのか?いつやるんだ?」で、ファンは悶々とし続けました。

 そして、12月8日の武道館公演でついに夢は叶いました。この曲のセットインを知って、急遽、翌日の最終公演に向かうことにしたファンも少なくないようです。

●いったい、名曲・名演揃いの「レイラ」アルバム収録曲の中で、この曲の何がファンを引きつけるのでしょう?

 猛烈な高速テンポで繰り広げられる、クラプトンとデュアン・オールマンのソロの応酬、アップテンポの曲なのにどことなく哀愁を帯びたメロディー、サビで曲のタイトルそのまんまの歌詞 Why Does Love Got to Be So Sad を叫びまくるボビー・ホイットロックのバックコーラス・・・・・とにかく聴いていてイキそうになる瞬間満載です。

 もちろん自分が最初にこの曲を聴いたのは「レイラ」アルバムなのですが、次がフィルモア・イーストでのライブ盤 Derek and The Dominos in Concert でした。
 って、普通そうだわな。

 高校生の時でしたが、お小遣いでLPを買っていたガキにとって、高価な2枚組のライブ・アルバムは高値の花でした。ついでに言うと、does が使われてるのに、get でなく got なのが、学校英語しか知らない私には不思議でした(今も分からんです、ハハ)

 結局ようやく買えたのが、再発米盤LP。
 再発盤は、発売当初の見開きカヴァーではなく、通常の1枚用のジャケットに2枚のLPを無理矢理詰め込んだ荒技手抜き盤でした。
 それゆえ、そこそこの値段で、お小遣い少年にも買えたわけですが、アメリカ人つうのは手荒なことするもんだ、と当時の少年は思ったもんです。

Ddinconcert

●Derek and The Dominos in Concert を、この曲だけを目当てに買ったわけではないんですが、衝撃だったのはこの曲の演奏でした、ハイ。

 収録されていたのは10月24日のテイクで、イントロ後すぐに1コーラス目の歌が始まるオリジナルのスタジオ録音と違って、ジム・ゴードンの刻む遅めのテンポに乗って入り込んでくるクラプトンのギター。しばらくはジムのドラムとECのギターのやりとりが続きます(ここまでだと何の曲だか分からん状態)。

 そこへ、手探り的にチョコっと音を鳴らしてた程度だったホィットロックのオルガンが突然、「ジョワーン、ビョーン」とグリッサンドで割り込んできて始まる、例のカッティング・イントロ。そしてファンならもう耳タコのあのECのギター。

 わたしゃ、血が逆流するほど興奮しましたね。その後は、もう来る日も来る日も、この曲ばかり聴いてました。
 今だに、この「ジョワーン、ビョーン」の箇所で軽くイキそうになります。

●その後、ブートレッグや、

Fillmore_boot

大幅にトラックを増やして再発された公式盤

Love
Live At The Fillmore

 で、前日の23日のテイクも聴けるようになりました。

 23日のテイクは、スタジオ録音と同じ快速テンポで、いきなりECのギター全開ヴァージョン。ホィットロックがグリッサンドで入ってくるのは、24日のテイクと同様ですが、ECのソロだけならこちらの方が興奮度が高いと思います。クリームの Wheels of Fire 収録の、サンフランシスコ・ウィンターランドでの Crossroads ライブ・ヴァージョンに匹敵するといったら言い過ぎでしょうか。

 23日の快速ヴァージョンが14分台、24日のミディアムテンポ・バージョンが9分台の演奏。前者でなく後者が、最初に発売された Derek and The Dominos in Concert に収録された理由はもちろん分かりませんが、単純にLPの収録時間の関係かもしれません。
 ちなみに、「レイラ」アルバムのスタジオ録音は4分台です。

●今ツアーでの2006年バージョンですが、私が最も好きなのは、終盤に近づくにつれ徐々に曲がクール・ダウンしていく時に聴ける、EC、ドイル、デレクの静かなギターの絡み合いで、ほんとに美しい瞬間です。

 タイトルが長すぎて、日本のファンには、Why Does とか「恋悲」とか、略して呼ばれるこの曲ですが、今回のツアー時に使用されたセットリスト・ペーパーには、WHY DOES LOVE GOT と書かれておりましたです。
 アブリビエーションで WDLGTBSS とスラスラ書けるようになれば、あなたは相当な通です(ウソ)。

Wydoes_set8dec

 「少々」ではなくなりましが、以上、「いとしの恋悲」でした。

(こぼれ話)
 ホイットロックは、1976年に発表した自身のソロ・アルバム Rock Your Sox Off でこの曲をセルフ・カヴァーしています。入手困難なので、どこかで再発してくれんかい。

 また、ルイジアナのバンド Buckwheat Zydeco が、彼らのアルバム Taking Home(1988)でこの曲をカヴァーした際、EC はゲスト参加して、聴きごたえのあるソロを披露してます。Taking Home を買わなくても、これで聴けます。

2006.10.07

「ヨイトマケの唄」

 先日書いた、細野晴臣の「東京シャイネス」初回盤に収録のハイド・パーク・ミュージック・フェスティバル@狭山の中で、細野氏が、1曲目の「ろっかばいまいべいびい」を歌った後、今のは西岡恭蔵に捧げますと言い、続いて2曲目、私の大好きな「僕は一寸」を、「次の曲は高田渡に捧げようかな」と言って歌い出したのには少し驚きました。テレビで放送されたときは、この2つのトリビュートの言葉はカットされていたので。

 ということで、ふと久々に、映画「タカダワタル的」に収録されている高田渡晩年(2003年)の下北沢スズナリ公演が見たくなり、DVDを見たのですが、ゲストで登場した、蛭子能収の歌う「ヨイトマケの唄」を聴いて泣いてしまったのでした。細野→高田→蛭子(美輪明宏)という連鎖も摩訶不思議?ですが・・・

タカダワタル的 memorial edition
タカダワタル的 memorial edition

 私、恥ずかしながら、この「ヨイトマケの唄」、誰が歌うのを聴いても泣いてしまうんですな。

 蛭子さんの歌は、正直、音痴×リズムぐたぐたで、バックが合わせるのを苦労しているくらいですが、聴き手を揺さぶる説得力はすごい。つくづく音楽というか「うた」の力というのはスゴイのだなあ、と。

 なんかとりとめのない書き込みになりましたが、今週はちょっとバテ気味でして。体調よろしくなし。
 書きたいことは無秩序にチョロチョロあるので、連休に少しでも書ければ。
 

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