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2011.12.11

タルサ出身のキーボード奏者ディック・シムスが死去

●70年代のクラプトン・バンドのキーボード奏者だったディック・シムスが死去しました。ギブソンのサイトに掲載の訃報はこちら。詳細は不明。

●ディック・シムス(Dick Sims)という名前を聞いて感慨を覚える人たちがどれくらいいるのかわかりませんが、その多くがクラプトン好きの人たちであることは間違いないでしょう。461 Ocean Boulevard から Backless までの70年代のクラプトンのアルバムを熱心に聴いて来た人なら、彼のハモンド・オルガンの演奏をたくさん聴いているはず。今ではクラプトンのファンでなくてもたくさんの人が知ってる Wonderful Tonight でも彼のハモンド・オルガンの演奏を聴くことができます。

 もちろんクラプトンのツアーにも同行しているので、日本にも来ています(74年、75年、77年)。

●裏方的ミュージシャンゆえ、詳細なキャリアが紹介されている人ではないと思いますが、EXPLOSIVE RECORDSにあるプロフィールによると、1968年、17才の時にプロとしてのキャリアを開始したとあるので、生年は1951年前後、享年は60くらいだと思われます。ということは、シムスがECと活動していたときはまだ20代。

●上のプロフィールによると、一時音楽活動から身を引いていた時期もあったとのことです。もちろん、クラプトン以外のバックでも演奏していて、共演したことのあるミュージシャンは、ボブ・シーガー、フレディ・キング、イヴォンヌ・エリマン、JJ.ケイル、ジョーン・アーマトレイディング、ヴィンス・ギル等々。ディック・シムス名義でのアルバム Within Arms Reach があることは初めて知りました。

●2010年に Tulsa People というメディアに載ったとても興味深い記事(Sounding off on Eric Clapton and the Tulsa Sound)によると、シムスは、「461オーシャン・ブールヴァードはクラプトンのアルバムだけど、タルサ・カントリー・バンドのアルバムでもあったんだよ。でもクラプトンはすでに名高い存在だったから Eric Clapton and Tulsa County なんて名付けるわけにはいかなかった。彼の以前のバンドは1枚のアルバムだけ作って、解散した。僕らは9年活動を共にしたけどね」と語ってます。

●スティーブ・ウィンウッドとのツアーで来日公演中だったクラプトンは、武道館での最終公演の冒頭で、この30年以上前のバンド仲間に対して、「今夜のショーを亡くなった友人のディッキー・シムスに捧げます」(I wanna dedicate tonight's show to a friend of mine who passed away, his mane is Dicky Sims. This is in a memory of Dicky Sims, Thank you)とコメントしてます。(情報提供Tさんありがとう)

●久しぶりに Slowhand を取り出して聴いてみましたが、以前はそれほど意識せずに聴いていたオルガンの音がたくさん聞こえてきてちょっとしんみり。Wonderful Tonight がこんなに悲しい曲に聞こえたのは初めて。

●さよなら、ディック・シムス。

(追記)
コメント欄にもありますがhiroさんが、ecの冒頭スピーチをアップしてくれました。実際の音で確認できるので、どうぞ。hiroさん、ありがとうございます。

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Clapton」カテゴリの記事

コメント

2006年にCarl RadleがOklahoma Music Hall of Fameを受賞した際、Tulsa Topsのに依る演奏がありましたが( http://www.youtube.com/watch?v=5-IhLTdFrKE )そこで見たDick Simsが彼に関する話の最後になってしまいました。
この、Carl Radle Tribute Bandの話は、何時の日にかEricの過去を振り返るツアーの一環で見られるのでは?等と妄想したものですが、一層厳しいものとなってしまいました。未だ若かったと思われるのに、残念なことです。自分の10代をリアルタイムで彩ったEricのバンドです、その事からもDickの死は色々な思いを自身に感じさせました。寂しいです。
May rest his soul in peace, Dick Sims!

尚、ご参考までに以下はEricがHad To Cryを演奏する前に喋った内容です(聴き間違い、ご容赦ください)

Konban-wa. Once I thank you for coming tonight, and a those of whom coming other nights, thank you. This is a last night in here Japan, and we'll go home tomorrow. Christmas? We like a great time in. Thank you very much.

I wanna dedicate tonight's show to a friend of mine passed away named Dicky Sims Row(?). This is in memory of Dicky Sims, Thanks.

Satoさん、皆さん、お疲れ様でした。
私も最終日は武道館にいたんですが、ご存じのとおり、掲示板を巡るゴタゴタのせいもあって、会いたいと思う何人もの方々に会えずじまいでした。え? 会いたくないってか(笑)。

ディック・シムズ・・・味のあるオルガン弾きでしたよね。私も好きでした。タルサ・トップスのライヴでは、ほぼオルガン専門で、エレピ等はほとんど弾いてなかった印象があります。

75年の来日時、Key To The Highwayでは、腰掛けたまま赤いファイアバードを弾いていました。つまりこの年のKey To The Highwayは、ノー・キーボード、EC=テレキャス、テリー=ストラト、シムズ=ファイアバードという、すごいアンサンブルでプレイされたわけです。主役に目が行って、気づいた人はほとんどいませんでしたが。

自分が観た9回のタルサ・トップスのステージを振り返って、シムズの印象的だったパフォーマンスを挙げると、75/10/22大阪フェスのLittle Wing、77/10/1同じくフェスのDouble Troubleですね。とくに後者など、ちょうど今期Voodoo Chileでのウィンウッドと似たような感じで、ハモンドを大々的にフィーチャーし、ECとの丁々発止の掛合いでフロアーを金縛り状態に持ち込んだ名演でした。音源はもちろん聴きましたが・・・やはり現場でのセンセーションは感じられませんでしたね。音楽は空中に消えてしまったあとでした(笑)。

音楽活動を引退してベーカリーを営んでいた、なんて書込みも目にしたことがあります。リック・グレッチはその後故郷レスターでカーペット屋を経営、シムズはパン屋さん、その後二人とも死亡・・・EC周辺に人生あり。

スピーチ公開しました。よろしければご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=5wZPwDr-CAw&feature=g-upl&context=G1154aAUAAAAAAAAAA

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