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2011年11月の記事

2011.11.26

広島でクラプトン&ウィンウッド公演を見る

Swec_pict●11月26日、広島グリーンアリーナ。ほぼ満席。前日はエアロスミス公演。ファン層は微妙にずれてるとはいえ立派です。

 セットは同じで、ウィンウッドが歌ったのは Midland Maniac。例によってネタバレあり注意。

●東京みたいに年中色んなコンサートが見れるわけではない広島。コアなマニアからそうでない人までいろんなお客さんがいたはずですが、良い雰囲気でした。

●Can’t Find My Way Home に対する拍手は自分の行った横浜より大きかったかも。もちろん一番拍手が大きかったのは Wonderful Tonight。横浜以来一週間ぶりの体験でしたが、このアレンジ良いです。いつか飽きちゃうでしょうけど(笑)。

●Voodoo は横浜で聴いた時よりちょっと大人しかったかように聞こえましたが、そばにいたそんなにマニアっぽくない女の子に「ギターすごいねー」と言わせるに十分な素晴らしさ。高揚感という意味ではやはり何度聴いてもショーのハイライト。

●静かに、プレイヤー達の互いに耳をそば立てながらのデリケート演奏が聴ける、Georgia on My Mind と Driftin’は、Voodoo とはまったく対照的ながらショーの目玉。前者はスティーブのハモンドも聴き物だし。Georgia ではスティーブが歌い出してすぐ、横浜同様、大きな拍手。

●本編終わって、クラプトンとウィンウッドはステージ中央で簡単なご挨拶。ECは右から帰るような素振りをみせながら、「今日は左だったぜ」みたいに軽くターンして左へ。あんた漫才師か(笑)。でも会場によって帰る方向違うって当事者は大変かも。

●アンコール登場時にアリーナは総立ちになったと思ったら、Dear Mr.Fantasy が始まると皆さん大人しく着席。続く Cocaine ではイントロが始まるとアリーナ総立ち。
 うーん・・・これだとウィンウッドは複雑な心境かなと思いましたが、当のスティーブはゆっくり回りながら横の方のお客さんを眺めてうれしそうな表情。いい人です、スティーブ。

 そういえば昼間、平和記念資料館でスティーブによく似た人がいたので思わず近づいて見ちゃいました。同行者も「スティーブみたい」と言ってましたが。本物だったのかな。

●横浜では気づかなかったけれど Voodoo Chile での女性コーラス2人の振り付けはロボットみたい。スクリーンの目玉よりコーラス隊見た方が面白いかも。

●初めて行った広島グリーンアリーナはそれほど大きくないアリーナで、これくらいなら最も遠い席でもそれほど不満はない感じ。そういえばジョージ・ハリスンも20年前ここでやったのでした。ジョージ本人が大満足の出来だったのが広島公演。彼の命日は3日後だ。(訂正: 私の勘違いで、ジョージがやったのはもっと小さな広島サンプラザホールだそうです。ご指摘ありがとうごさいます)

●最後は、ステージ前方に整列してのお辞儀挨拶でショーは終了。ホテルに向かいながら「EC&SWっていつまでやると思う?」、「最初のMSG、ヨーロッパ、USA、今回が日本と一通り回ったからこれが最後かも。それぞれ自分のバンドあるし」なんて会話。そう思うと、聴ける残りのショーを心して聴かねばと思う。

●お疲れ様でした、広島。

2011.11.20

エリック・クラプトン&スティーブ・ウィンウッドの横浜公演を見る

Swec_pict●札幌で開幕した日本ツアー2日目、11月19日の横浜アリーナ公演見てきました。

 以下、感想などを少々(のつもりが、たいてい長くクドくなる)。網羅的なセットリストは挙げませんが(知りたい方はこちらで)、完全にネタバレすると思うので、これからショーをご覧になる方は危険なので読まないように。

●自分がこのバンドを見るのは2008年のNY以来の4度目でしたが、かなり感激しました。もしかしたら4回中、最も感激したかも。

 幸運にも席が非常に良かったというのも大きな原因。Glad>Well Alrightでスティーブがピアノに座った時など、完全にスティーブから至近距離の真正面。自分に向かって歌ってるように思えたくらい(もちろん錯覚)。シットダウン・セットでの2人の表情も丸わかり。ありがたや。

●基本的なセットの枠組みは2008年からずーっと同じ。Had to Cry ではじまりアンコールの Dear Mr.Fantasyで終了。

 途中までは淡々と見てました。「回を重ねるうちにルーティーンになるのも仕方ないかな」とか、「MSGでやったDouble Trouble みたいにスロー・ブルースも聴きたいな」などと思いつつ。もちろん、いきなり2人のギターソロの応酬が聴ける Had to Cry は良かったし、Presence of The Lord も感激。

●こちらの気持ちがオンになったのは、Pearly Queenから(代わりに札幌で聴けた Midland Maniacがセット落ち)。この曲が不意打ちだったというのありますけど。中間のギターの格好いいこと。あれはお約束ソロで誰が弾いても良いか(笑)。

 続く、耳タコのCrossroadsは軽く聞き流しましたが(失礼)、Georgia on My MindとDriftin'はCD・DVD化されたMSG公演のような双方のソロではなくバンド演奏で新鮮。これは聞き物でした。

●ECの最新作収録の That’s No Way To Get Along は5月のRAH公演でもやってましたが、その時と違って今回はシットダウンでの演奏。

 でもって、のけぞったのが、あのイントロ。まじか(笑)。EC&SWがシットダウンでやる Wonderful Tonight って。もちろんこのバンドで初登場。でも、しっとりした演奏で良かった。お客さんも喜んでたし。ECではなくSWがあの有名なフレーズを繰り返す箇所もあり見ていてニンマリ。ちゃんと色々な曲リハーサルしてるのね(笑)。

 シットダウンの最後は Can’t Find My Way Home。MSGの時はスタンド・アップのバンド演奏で、サビの歌詞をお客さんが合唱するのでウルウルしましたが、曲の美しさがストレートに伝わってくるこっちのアレンジも良いです。SWの歌も素晴らしかった。ワン・コーラス歌ったところで拍手が来てSWもうれしそうに微笑む。、

●で、Gimme Some やって・・・・完全にネタバレしとる。止めます。

 ECはフル・スロットルでカウンター当てながら難所をすり抜けていくようなソロより、シットダウンでのリラックスしたギターが良い感じ。お歳と言ってしまえばそれまでですが。ただし、Voodoo Chileは 例外で鬼神のごとき凄まじいソロ。ウィンウッドのヴォーカルも最高。鳥肌。目が熱くなりました。

●この公演の名義は「クラプトン&ウィンウッド」で、双頭バンドのような名前になってますが、バックバンドはECのバンドなので、全体のサウンド傾向がEC寄りなるのはやむを得ないところ。その辺が不満のスティーブ・ファンもいらっしゃるようです。

 ただ、仮に今のスティーブのバンドにECが加わるようなバンド・フォームでやったとしたら、どこまでのことが出来たのかなという疑問もあります。あくまで私見ですが、2007年のCoutryside Rocks で聴けたような「スティーブ・ウィンウッド・バンド、ゲスト:クラプトン」にしかならなかったと思います。

●そもそも、このバンドのすべてがEC寄りというわけではけしてなく、コンサート中のハイライトになっている素晴らしい Voodoo Chile は元々スティーブのバンドのレパートリーで、クラプトンはそこに乗ってるだけです。アレンジの大枠やサウンドはスティーブのアルバム About Time のボーナストラックで聴けるそれと同じです。

 SWが一方的にEC側に歩み寄らされてる(?)わけではないので、その辺はハッキリさせときましょう(笑)。クリームのリユニオンと違って、3年も続いてるのですから2人の関係はとても良いのでしょう。

 EC&SWではなく、スティーブのバンドでスティーブ・ウィンウッドを聴きたいのはわかりますが、それはあくまで別物なので(私も聴きたいから呼んでください)。

●書いてたら完全にネタバレ失礼。まあ、大枠は既発のCD・DVDですでに分かってるということでお許しを。セットはちょこっとですが日によって微妙に変わりそうですね。

 行こうか迷ってる人はお勧め。2人の音楽良く知らない人も、予習なんて要りません。ポピュラーな曲はあまりやらないし、ちょっとお高いですが是非どうぞ。つまらなくても責任取らんけど。

●自分が聴く予定は、広島、金沢、東京であと4回の予定。今回と違いすべて平凡あるいは遠方席で見ますが印象は変わるか、同じか。

2011.11.18

ローリング・ストーンズ、73年ブリュッセル公演の音源が公式配信

Brussels_affair_art_2●ローリング・ストーンズの1973年ヨーロッパツアーから、Nasty Music 等のブートレッグで知られる10月17日のブリュッセル公演のライブ音源が予告期間なしに突然公式配信されました。タイトルは Brussels Affair って、それブートのタイトルでしょ(笑)。

 ただし、従来のブートで普及していた1stショー音源と異なり2ndショー中心のようです。音源についてはHot StuffさんBBSのこちらが詳しいです。

 購入は Stones Archive のこちらから。

●当初、アメリカ先行でスタートした音楽配信サービス、グーグル・ミュージックでの配信と伝えられたので、「ああ、また日本はいつになるかわからんのね」と思ったのですが。ストーンズの公式サイトであっさりインターナショナルに配信スタート。しかもmp3だけでなくFLAC配信もあり。mp3だと7ドル。FLACだと9ドルという安さ。決済はクレジットカードの他、Paypal決済あり。

●さっそくFLACで購入しましたが、唖然とするような素晴らしい高音質。オフィシャルなのだから当然なのですが、この時期のストーンズのライブ音源をこの音質で聴けるとは喜び。今年公式リリースされた72年音源の Ladies and Gentlemen の音が思ったほどではなかったのですが、こちらは万歳の音質。

 もちろん演奏も最強。例の入国拒否事件がなければ、これが日本で見れていたわけですよね。実現してても私は年齢的に行けませんでしたけど。

●ダウンロード時にポップアップとJavaを使用するので、購入する方ははPCの設定にご注意。自分はなかなかダウンロードが始まらずちょっとヒヤリとしました。念のためポップアップが立ち上がったときに表示されるURLをすぐコピーして保存して置いた方が良いと思います。途中でダウンロードを中断してしまっても、またブラウザを開いてそのURLを入れれば途中からダウンロードを再開してくれます(自分がそうでした)。

 ダウンロード画面はこんな感じ。

Brussels_affair_dl

●既発ソースの豪華箱リイシューやリマスターの方がレコード会社のビジネス的にはおいしいのでしょうけど、聴く側としては、こういうリアル未発表音源を、変な張りぼてで飾らずにストレートにリリースすることを望みたいです。ライブ音源ならたくさんあるはずですから。もちろんストーンズに限らず。

●いやあ、ちょっと驚きのリリースでした。あと5点ほどライブ音源の配信がある予定だそうです。ラインナップはなんだろう。

Rolling Stones - The Brussels Affair

1 Brown Sugar 3:56
2 Gimme Shelter 5:33
3 Happy 3:14
4 Tumbling Dice 5:04
5 Star Star 4:16
6 Dancing With Mr.D 4:37
7 Doo Doo Doo Doo Dooo (Heartbreaker) 5:03
8 Angie 5:15
9 You Can't Always Get What You Want 11:00
10 Midnight Rambler 12:53
11 Honky Tonk Women 3:11
12 All Down The Line 4:20
13 Rip This Joint 2:25
14 Jumping Jack Flash 3:27
15 Street Fighting Man 5:15

2011.11.15

細野晴臣のロバハウス公演を見る

●11月13日に東京、立川にあるロバハウスで開かれた、細野晴臣公演を見てきました。「細野晴臣 古楽の小屋の音楽会」

Hosono_roba

 会場のロバハウスは古楽器アンサンブルの「カテリーナ古楽合奏団」の拠点。ホールというより名称通り、館という感じ。

●場内は200人も入らない位こじんまりしていて、小学校の教室より小さいです。もちろんチケットは瞬時に売り切れたようで、正攻法でチケット取ってくれた友人には感謝。

 客は小さな椅子に座って見ます。最前列の2列は椅子ではなく座布団にお座り。(写真撮影禁止ではないようだったので撮りました)。

Hosono_roba1

●メンバーは、細野晴臣、高田漣、コシミハル、伊賀航で、ドラムレスの4人編成。

 演奏は、ひと昔前の言葉でいうとレイド・バック。かなりリラックスした感じ。最新作のHoSoNoVaの路線。

 会場がとても小さく、演奏者の表情、息づかいまではっきりわかるので、最初、お客さんは固唾を飲んで見守るという感じでしたが、例によって細野さんの語りが虚実皮膜。

 「あまり練習してない」とか、「今が練習だと思って聞いて」とか、「難しいから失敗しないといいな」、「ガイガーカウンター持ってるけど放射線測るのもう飽きた」とかという感じなので、じょじょに会場もリラックス。

 アーヴィン・バーリンのThe song is endedでは、自訳の日本語詩で歌い出してすぐストップ。むずかしいからやっぱり英語で歌うと宣言し、場内爆笑。

 すでに何度かやってるクラフトワークの Radioactivity は、「別離のテーマ」からのメドレーで、2つの曲が何の違和感もなく自然につながっていく不思議さ。

●この公演は、「カテリーナ古楽合奏団」の松本雅隆氏から細野さんがハーディ・ガーディを借りたことが縁で催されることになったようで、当日も一曲、「カテリーナ古楽合奏団」から上野哲生氏(サントゥール)と松本さん(ハーディ・ガーディ)が参加して、ドローンによる即興演奏がありました。高田漣さんが弾いたネックの長い楽器はたぶんサズ。

 この即興では細野さんもハーディ・ガーディを弾きましたが、右手でホイールを回す動作が肉体的にかなりキツかったようで、最後は疲れたかき氷屋のオヤジのようにヘロヘロに。演奏後、こういうのが音楽の基本だね、と一言。

 ハーディ・ガーディは細野さんも発注してるそうですが、作るのはフランスの職人。いつできるのか、お値段がいくらなのか知らないそうです(笑)。

●アンコール3曲はすべて細野さんのアコースティック・ギターによるソロ演奏。フル・コーラスでは歌わない曲もありましたが、やはり感激。ジーンときました。

Hosono_roba2

●全75分程の公演でしたが至福。こういう機会を設けてくださったロバハウスの皆様、ありがとうございました。

「細野晴臣 古楽の小屋の音楽会」セットリスト

I'm a fool to care
Smile
Ramona
星めぐりの歌
メドレー:銀河鉄道の夜「別離のテーマ」>Radioactivity
The song is ended
The song is ended (ジャズ・アレンジ)
Time to hit the road to dreamland
しんしんしん
Instrumental (ドローンによる即興演奏)
Birthday Song
-アンコール (すべて細野ソロ)-
恋は桃色
ろっかばいまいべいびい
風をあつめて

2011.11.06

フィルモア・ウェストのあった場所を見る

●以前にフィルモア・イーストの跡地に行ったときのことを書きましたが、西のフィルモアであったサンフランシスコ、フィルモア・ウェストの跡地訪問記も書いておきます。

 今現在のフィルモア・ウェスト跡です。Van Ness通りとMarket通りというサンフランシスコではどちらも大きな通りの交差点に建ってます。

Fw2

 かつてロックの一つのメッカだったような雰囲気はなし。フィルモア・イーストの跡に行った時のような感慨は何もありませんでした。地元のほとんどの人には Honda のオフィスでしかないでしょう。

 これは映画「フィルモア最後の日」のワンシーン。

Fillmorelast

 こちらで昔の写真が見れます。最初の写真と似てもにつきませんが、「フィルモア最後の日」の画像と比べても、この写真はフィルモア・ウェストのかなり初期のように思えます(旧名称の Carousel BallroomとFillmore の表示が併存してます)

 ちなみに下の写真は、ここから7ブロック西のFillmore通りに面してる現在の The Fillmore で、昔は The Fillmore Auditorium でした。

Thefillmore

 Fillmore West だの The Fillmore だの The Fillmore Auditorium だの紛らわしいので、ちょっと整理しておきます。

●元々アングラ演劇集団の活動に関わり、チャリティ・コンサートなどを基に活動資金の援助もしていたビル・グレアムは、援助活動と離れて、コンサート・ビジネスをするようになります。その拠点が(文字通りフィルモア通りにあった)「フィルモア・オーディトリアム」(The Fillmore Auditorium)でした。最初の商業公演は、1966年2月に開かれたジェファーソン・エアプレイン公演ということです。

 その2年半後に、ビルは自らのサンフランシスコでのコンサート・ビジネスの中心を、「フィルモア・オーディトリアム」から、後に「フィルモア・ウェスト」と呼ばれることになる「カルーセル・ボールルーム」(Carousel Ballroom)に移します。1968年7月のこと。

 一般に「フィルモア・ウェスト」というと後者を指すわけで、アリサ・フランクリンの有名なライブ盤 Aretha Live at Fillmore West(71年2月)やグレイトフル・デッドのLive Dead(69年2月、3月)は新フィルモアでの録音です(Live Dead は一部別会場)。「カルーセル・ボールルーム」時代にもロック公演は開かれていて、68年2月のグレイトフル・デッドのライブ録音は公式に発売されてます。

●「フィルモア・ウェスト」の最後が71年7月なので、ビル・グレアムのフィルモアでの活動は、旧フィルモアが2年半、新フィルモアが3年の計5年半だったいうことになります(ちなみにNYの「フィルモア・イースト」の活動は68年3月から71年6月と3年ちょっと)。前回書いた、同じグレアムのサンフランシスコでの活動のメイン会場だったウィンターランドは78年まで続いてます。

●旧フィルモア(The Fillmore Auditorium)は、「フィルモア・ウェスト」のオープン後もクラブとして存続し、80年代にはパンク・ニューウェイブ系バンドのショーが多く開かれていたということです。グレアムは80年代に旧フィルモアでの活動を再開したものの、旧フィルモアは89年のサンフランシスコ地震のダメージにより閉鎖。修復工事を経て94年に再オープンし、現在では Live Nation が The Fillmore として運営しています。ビル・グレアムは残念ながら91年にヘリコプターの事故で亡くなってます。

●現在の The Fillmore でのライブ音源もいくつかあると思いますが、自分の手元にあるのはロス・ロボスが2004年にやったライブのDVD

 その中に、バックステージの模様を収録したドキュメンタリーが入っていて、ロス・ロボスのメンバー達が泊まったミヤコホテル(現在はホテル・カブキ)の上層階からの眺望シーンが入ってました(今回見るまで気づきませんでした)。

Miyakoview_2

 写真中の黄色の2つの○は、左の○が旧フィルモア(かつての The Fillmore Auditorium で、現在の The Fillmore)、右の○がウィンターランド跡地です。かなり近いのが分かると思います。

●最初に、「フィルモア・ウェスト」跡は雰囲気ゼロと書きましたが、周囲もちょっとあやしい人たちがうろついてます。道挟んで向かいにはCHASE銀行の店舗がありましたが、入り口のところに民間の警備員ではなくリアル警官2人が警備してたのには驚きました。ガイドブック等には、このあたりから東側にかけてはサンフランシスコ市街地でも治安の悪いエリアと書かれてます。

 でも、一番最初の写真の撮影地点の後方(北)に5分も歩くとサンフランシスコ交響楽団の本拠地「デイヴィス・シンフォニー・ホール」があるし、その隣はサンフランシスコ歌劇場です(下写真。サンフランシスコ講和条約が調印された場所。「ラスト・ワルツ」の舞台セットは、ここの「椿姫」用の舞台セットを借りた)

Sfopera

 と、一応「立派な」エリアも近いんですけど。シンフォニーホール周辺は、コンサート開演前、終演後に客目当てに物乞いしてる人がいたりと、どうもあやしい。緊張感なしには歩けない、というのが正直な印象でした。道一本違うとコロっと雰囲気が変わったりするのですが。40年前はどうだったのでしょう。

●以上、よそ者的な勝手な思い入れで街を見物してるなという気はするのですが、映画監督のヴィム・ヴェンダースは映画「東京画」で、すでにありはしない小津安二郎の映画の面影を求めて東京を彷徨いながらパチンコ店を撮影してました(笑)。別に東京の住人は普段歩きながら小津のことなど考えはしないでしょう。

 異国人の思い入れはそういうものということで、お許しを。

 お目直しに、2004年 The Fillmore でのロス・ロボスをどうぞ。


2011.11.03

サンフランシスコ、ウィンターランドのあった場所

●何度か書いてる音楽の旧跡訪問ネタ。今回はサンフランシスコのウィンターランドです。

 現在のウィンターランド跡地。今は賃貸マンションが建っています。サンフランシスコ市街地の中心みたいなユニオン・スクエアからバスで西に向かって15分くらいのところ。

Winterland_neon

 マンション名は 2000 POST で公式サイトもあります。見る限りかなりお高いマンションという感じです。POSTというのは面している通りの名前です。ウィンターランドありし頃は、写真の右手前、角の出窓のところに「WINTERLAND」というネオンタワーがありました。

●ウインターランドはもちろん、60年代後半から70年代後半にかけて、サンフランシスコのロック・シーンを飾った最強会場の一つ。ザ・バンドのファンには「ラスト・ワルツ」の会場としてお馴染み(ザ・バンドとしての最初のコンサート会場もここですが)。

 映画「ラスト・ワルツ」は、アンコール曲だった Don't Do It の演奏シーンで始まり、その後に例の「ラスト・ワルツのテーマ」が始まってウィンターランド周辺の風景が映るのですが、映画で見たときの街並みの印象は一言で言えばものすごい場末感。道端にいる人もアヤシイし、1人では歩きたくないような負のオーラが出まくってるような感じでした。
 上のようなマンションが建つに相応しい場所にはまったく見えません。

●ウィンターランド跡地の目と鼻の先には、旧フィルモア(現在は Live Nation が買い取り The Fillmore という名称のライブ会場になってます)があるのですが、ビル・グレアムがフィルモアをそこからもっと東、サンフランシスコの中心街に近い(オペラハウスや庁舎の並ぶ)Van Ness通り移した理由に、周辺の治安の悪化があったということですから、「ラスト・ワルツ」で見れたあの殺伐とした風景は、たぶん当時の雰囲気そのままなのかなという気がします(もっとも、フィルモア・ウェスト移転後もウィンターランドは残ったわけですが)。

●ところが、2011年の今、実際に周辺を歩いてみると、そのようなヤバげな雰囲気はあまり感じられません。

 映画「ラスト・ワルツ」のワンシーンに出てくる車を解体してる人たち。こういうとこ歩きたくありません(笑)

Post_lw

 現在のPost通り。背後に見える建物は違いますが同じあたり?殺伐とした空き地はテニスコートのある公園みたいになってます。

Post_present

●「ラストワルツ」の1シーン。見るからに怪しいヤバげな街の風景。

Divisadero

 このシーンは、映画をよく見ると Divisaderoという通りを右折したところだと分かりますが、仮にここがPost通りに曲がる交差点だとすると、直進した左側にウィンターランドがありました。スコセッシが、ウィンターランドから少し離れたこんな街のシーンを挿入した意図は何なのでしょうか・・・(上の「車解体シーン」もそうですが)

●これも「ラスト・ワルツ」の1シーン。Post通りの一本北側にあるSutter通りから見たウィンターランドです。下の写真が、ほぼ同じ方向から見た現在の様子。ちょっと分かりにくいですが右隣に建ってる建物は同じですね。真ん中あたりに見える白い消火栓は今も残ってるのがわかります。

Winterland_sutter_lw
Winterland_sutter

●入場待ちのお客さんを撮った下のシーンは、上のSutter通りをちょうど逆方向に進む車から撮影してます。白い消火栓が目印。こうしてみると、映画のシーンは、車の進行通りに時系列で編集してるわけではないことが分かります。

Sutter_reverse

 映画ではここを右折していきますが、この位置を右折せずに直進していくと、出演ミュージシャン達が泊まっていた「ミヤコホテル」があります。写真左の高い建物がそれ(もっとも今は「ミヤコホテル」という名称ではありません)。

Miyako

 街中に日の丸が見えますが、この辺は日本人街です。

●ウィンターランドに出演したミュージシャンは無数で、ほぼロックの歴史そのもの。

 60年代にはクリーム(ライブ録音あり)やジミ・ヘンドリックス(最近68年のウィンターランド連続公演のボックスが出ました)もプレイした会場ですし、グレイトフル・デッドが74年に5日連続公演を行った時の模様は映画The Grateful Dead Movieでも見れます(演奏も素晴らしいですが、当時のコンサートの雰囲気もよく分かります)。

 グレイトフル・デッドはこの会場の最後の出演者で、78年12月31日の最後の公演の様子は The Closing of Winterland のDVDで見ることが出来ます。
(最近在庫ないみたいですが、そのうちブルーレイで出るでしょう。ビデオ画像で画質いまいち悪いですが面白いし、デッドの演奏スタイルが4年間でかなり変化してるのも興味深いです)

●ウィンターランドの歴史については、著名なニール・ヤング・サイト Thrasher's Wheat内に Winterland Stories という素晴らしいページがあり(なぜかThrasher's Wheatのtopページからは行けない)、この劇場についてかなり詳細な情報が見れるばかりか、Winterland Photos のところで、取り壊し前中後の貴重な写真をたくさん見ることができます。

●フィルモア・ウェストが71年に閉鎖されてからも7年続いたウィンターランドについて、故ビル・グレアムはこんな風に語ってます。


「あそこはほんとうに最高だった。わたしにとっては、オリジナルのフィルモア以上とは言わないまでも、それと同じくらいすばらしい小屋だった。もしかしたら、印象に残るコンサートの数は、フィルモアよりも多かったかもしれない」(「ロックを創った男」718頁)


 ビルには、サンフランシスコでのもう一つの会場フィルモア・ウェストがあったわけですが、フィルモア・ウェスト最後のドキュメンタリー映画 Fillmore: The Last Daysは、出演者との交渉のゴタゴタばかりが目立つ愉快でない作品でした(一番揉めてるボズ・スキャッグスの出演場面に至ってはDVD発売時にカットされてしまいした)。そんなことも、ウィンターランドに対する良いノスタルジーを強める理由なのかもしれません。

 ウィンターランド閉鎖の理由は、上のビルの自伝によると、老朽化による補修費用を捻出できなかったという単純な理由のようです。

●ここで演奏された最後の曲は We Bid You Goodnight で、もちろんグレイトフル・デッド。The Closing of Winterland (CDも出てます)で、ビル・グレアムの感動的なスピーチと一緒に聞くことができます。

Goodnight
(The Closing of Winterland DVD収録のスチル写真より)

●フィルモア・ウェストの跡地にも行ったのですが。そちらは何の感慨もわきませんでした。時間があればそのうち。

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