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2010.07.18

アルバム On Tour With Eric Clapton についてちょっと考える

●実はあまり聞き込んでないアルバムですが、もうすぐ4CD BOXも出るので少々。

Ontourwithec 自分が今ひとつ好きになれない理由は録音ですかねえ。

 ブラムレット夫妻のボーカル、リズム・セクションが一緒にセンターにまとめられていて、そこだけ聴いたらほとんどモノラルで、ボーカルが引っ込んで聞こえます。で、ギターが左右にのっぺりと分離。

 クラプトン、メイスンという名手を揃えながら、聴き応えのあるギターソロが少ないというのも。まあ、そういうことを期待するバンドではないのですが。

●レコードコレクター誌8月号で、デラニー&ボニーの特集記事が組まれていて、記事によると、1CD版 On Tour の収録日も明らかになったとのことです。

、既発盤は、RAH公演の1曲(I Don't Want To Discuss It)とCroydonの1st公演の1曲(Where There's A Will, There's A Way)以外の6曲はすべて Croydonの2nd公演でした。

 4CD BOXの音源については、青山陽一氏がかなり詳細な記事を書かれていて、読み応えがありました。

●それから、「フレンズ」へのジョージ・ハリスンの参加について。

 ジョージはクロイドン公演のみに参加と言われることがあるのですが、ライノの4CD BOXページにこの点について投稿してる人がいて、数年前にドイツのファンジンに記事を書くためにデラニー&ボニー公演について調べ上げたという、その方いわく、

 ・ジョージは RAH 公演以外のすべてのUK公演(とコペンハーゲン公演)に出演
 ・ジョージはUKレグではスライド・ギターは弾いてない
  (UKレグに参加していたデイブ・メイスンがスライドを弾いたため)

 ということです。

●ジョージがクロイドン公演以外にも参加してるという点については、クラプトンの伝記にも、ジョージがデラニー&ボニーのリバプール公演でギターを弾いたという記述があるので(英語版ハードカバー121p)、クロイドン以外も参加説が正しいのでしょう。

 なお、上のレコ・コレ誌の青山氏の記事によると、UKツアーの前座に出演したトニー・アシュトンが、ジョージの自宅前を通ったツアーバスがジョージを拾い上げて、クロイドン公演に連れて行って出演させた、という逸話を語っていたそうですが(レコードコレクター誌2000年12月号)、ジョージがクロイドン公演前日に行われたリバプール公演に出演したのなら、翌日にツアーバスから離れてすでにロンドンの自宅にいた、というアシュトンの話もにわかには信じがたいです。

●それから、従来盤の Little Richard Medley(レココレ誌のデータによるとCroydon 2nd公演)中のメンバー紹介では、メイスンの名前は呼ばれますが、いるはずのジョージの名前は呼ばれてません。わざとアナウンスを控えさせたのでしょうか。

 もし、ジョージもメイスンも参加ということなら、ギターは3本(ブラムレット入れたら4本!)聞こえるはずですが、耳の良い方聞こえますか?(笑)。

●デラニー&ボニーに「フレンズ」として参加する前後のクラプトン周辺の人間関係については未だに判然としないことが多く、ホイットロックらがブラムレットのバンドを離れてクラプトンに合流するにいたった経緯にしても謎です。

 クラプトンの自伝では、「カール・レイドルから電話があり、デラニーのバンドが解散状態なので、レイドル、ホイットロック、ゴードンらと出来るようなことはないか尋ねられた」という記述があります。

 かと思えば、以前、MOJO誌に載ったハリー・シャピロの Price of Love というドミノスについての記事中では、ブラムレット夫妻のバンドを離れたくなったホイットロック自らがクラプトンに電話をしたというホイットロック自身の言葉が載ってました(MOJO誌の記事は、以前この辺に書きました)。

 少なくとも、時々単純に言われる、「クラプトンがブラムレットからバンドメンバーを盗んだ」というようなものではないと思います。

 このあたりの事情は、秋に出るホイットロックの自伝 A Rock 'n' Roll Autobiography(マーク・ロバティー協力で、クラプトンの序文付)で興味深い話が読めるかもしれません。

Bobby Whitlock: A Rock 'n' Roll Autobiography
Bobby Whitlock: A Rock 'n' Roll Autobiography

●ということで、こっち方面の話はしばらく楽しめそうです。私はライノ本家のサイトでポチリましたが、8月の頭くらいに届くのかしらん。

 ちなみに、デラニー&ボニーのUKツアーのスケジュールはこんな感じでした。CLAPTONの文字が主役よりデカく、興行上の扱いは別格ですねえ・・・

Dbecposter



(追記)
 クロイドン公演当日にジョージを自宅に拾いに言ったという話ですが。
 2011年1月に発売されたボビー・ホイットロックの自伝にその時の様子がかなり具体的に書かれています。

 ということで事実でした。

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Clapton」カテゴリの記事

コメント

こんにちは~

いやあ、なんとも深いお話で為になりました。さすがですね!
僕もこのアルバムは、好きになって当たり前なはずなのに余り聴きません。やっぱり音ですかね。最近、高音質盤といわれているアナログ盤を購入しましたが、元のミックスが良くないからかやはり面白くありませんでした(リマスタリングも対してよくなかったですし)。

確かに「クラプトンがブラムレットからバンドメンバーを盗んだ」のなら、ドミノスのライヴに飛び入りなんてしないですよね(1970/11/20)。

そういえばこのレコのジャケ写で、車から足を出しているのはディランなんですよね~

ムフフフフ・・・ようやく粘着のし甲斐のあるトピが(笑)。この後どうなっても知りません(笑)。
実は私もオリジナルはあまり聴き込んどりません。はっきり言って愛聴盤にはほど遠い。クラプトンの1stソロと並び、ドミノズ結成に至る重要な記録なのに、なぜ?
このアルバムが私にある種の違和感を与える最大の要因は、録音とかよりもジャケット写真と中身のギャップにあります。今で言うレトロ感覚を狙ったモノクロ写真に、バーボンのラベルみたいなタイトル・ロゴの組合せはアメリカンなフンイキ満点なのに、あれが実はイギリスでのライヴと知ったときの軽い、しかし結構深い落差の気分と来たら・・・。裏ジャケがこれまた、アメリカ南部をドサ回り、ってイメージですもんね(ディランの<ローリング・サンダー・レビュー>なんかとも通ずるような)。それが実は、ロンドンのカラフルでこじゃれたファッションに身を包んだ「なんちゃってヒッピー」(DVDで見れる、ちょうどひと月後に行われた、70/1/9RAHでのツェッペリンのオーディエンスと同じような)相手の演奏だなんて・・・。

さて、<会場フェチ>の私は、クロイドンのフェアフィールド・ホールにも探求の足(笑)を伸ばしたことがあります。1993年12月23日のことでした。クロイドンはロンドン南部一帯に広がるサーリー州の東部に位置しています。典型的な郊外のマーケット・タウンと言いますか、商業が発展していて、大小のお店で通りは賑わっています。私はまず、先年惜しくも閉店したロンドン有数の中古レコード店、Beano'sに赴き、ツェッペリン・マニアの基本アイテム、1stの初回盤(ブルー・レタリング)をゲットしました。70ポンド也(当時のレートで¥12,000円というところ)。フェアフィールド・ホールはそこから歩いて5分ほどのところにありました。デラボニ以外でも、ファミリー、フリー、トラフィック等、少なからぬライヴ盤がここで録音されています。ドミノズの数少ないロンドン公演のひとつもここで行われた(70/9/20・・・ジミが死んだ直近の2日後)ことは、ECマニアなら知っておいていいかも。私は事務所をノックし、自分がそのような事情で会場に興味があることを告げました。職員は日本人のオタクな動機にも別段呆れた様子はなく、そうか、何でもきいてくれという調子で私を迎えてくれました。キャパは座席数1700と結構小さい。ファミリーの1970年のアルバム、AnywayのA面がここで録音された日を知りたいんですが、という更にオタクな質問にも、今日は無理だが後日来てくれれば公演ログを出して見せてあげるよ、とどこまでも親切な対応。が、残念ながら翌日ロンドンを発たねばならず、心ならずも申し出を辞退しなければなりませんでした。その後、私はバスで西に向かい、ブリクストン・アカデミーでロバート・プラントを観ました(<フェイト・オヴ・ネイションズ・ツアー>千秋楽)。日付まで覚えているのはそのせいなのです。まことブリティッシュ・ロックな1日であった(笑)。

結局、送料を考えてRhinoではなく日本WMをポチってしまいました(笑)

texさん:
> 確かに「クラプトンがブラムレットからバンドメンバーを盗んだ」のなら、ドミノスのライヴに飛び入りなんてしないですよね(1970/11/20)。

してる、してる(笑)あのDerek's Boogie (All Night Long)の歌声はまぎれも無くDelaneyですやん、あの聴きがたいヘタクソなスライドも(爆)

まぁ、そんな話はさておき、Delaney & Bonnieは個人的には不運なデュオだと思っています。公式アルバムは基本的に聴きごたえあるし、特にMotel Shotなんか大好きです。が、評価はイマイチ芳しく無いと思っているのは私だけでしょうか?
このアルバムについてはEricの名前で釣ろうとしている感じが否めないし、Ericの参加していた時期も含めて彼らのライブは多くある筈なのに、公式に発売されたものは、離婚後でも出て来ない。
いわゆるブート系の音源も、オーディエンス録音はあるのか無いのか、流出したサウンドボードとFM放送しか目に留まらない、しかも本人達よりEricやDuane等ゲスト部分で話題になっている。
Festival Expressでも、他の出演者を彼らが見ているショットはあっても、自分たちの演奏映像は、ボーナス部分にすら無い(マシュマカーンはあるのに?!)
今回のもポチッたけれど、本当はもっと後期の円熟した演奏が聴きたいと思うのは私だけですか?

P.S. 爺さん、過ご過ぎ!(笑)

>texさん、

>最近、高音質盤といわれているアナログ盤を購入しましたが、元のミックスが良くないからかやはり面白くありませんでした(リマスタリングも対してよくなかったですし)。

そうでしたか。

最近あらためてこのCDを聞き込んではますが、曲によって楽器の位置が変わったりでなんか微妙な音ですよね。グリン・ジョンズなのにどうしたことやらと思いますが、移動用機材(たぶん3トラック)で録ったため、一つのチャンネルに多くの楽器を詰め込まざるを得なかった制約があったんでしょうねえ。

カバー写真はファインシュタイン撮影ですが、あの足はディランだったんですね。ボブが写ってるアウトテイクとかあるなら見たいです。あるなら出せ、バリー(笑)。


>トルコ帰りのブルー爺さん

お疲れ様でした。昔からいろんなとこに出没されてるようで大河ドラマかと思いました。クロイドンの係員は優しい人で良かったですね。私が遭遇した公務員は恐かったです。警察でしたけど(笑)。

クロイドンはネットで調べるとけっこう地味な場所なようですが、なぜそういう微妙なところでやったんでしょう。あるいは向こうの人なら感覚的に分かる?
RAH翌日のブリストルはロンドンでも学生街のようですが。

一連の公演ですが、その気になれば当時の新聞、雑誌等を図書館で漁ってかなりのことがわかるような気がするのですが。誰かやってください@UK在住の人。


>mars さん

texさんも書かれてますが、デラニーがECに「盗まれた」と感じてたなら、たしかにドミノスのショーにのこのこ出かけて行ってプレイすることはないでしょう。デラニーという人はエゴイストタイプとは遠い人だったんでしょうけど。

UK公演のポスターはひどいもんで、メイスンはこのポスター見てかなりムッときたはずです。自分と同じようなプレイしかしてないのに1人だけ Guest Star で大書ですから(笑)。シャピロのクラプトン本読むと、大陸の公演はもっとひどくて「クリーム」と言って売り出そうとした興行者がいたそうです。

>Delaney & Bonnieは個人的には不運なデュオだと思っています。

良い音楽ですが、名盤ベストなんとかに列挙されるには何がが足りないという印象は受けます。なんというか限りなく匿名に近いというか、彼らにしかできない決定的な個性がないというか。
ドミノスを生み出した偉大な触媒、なんて言ったら失礼かもしれませんが。

クロイドンはそんなに地味な所じゃありませんよ。サーリー州(クラプトンもここの出身なのはご存じのとおり)の居住者は小金持という感じの層が中心で、クロイドンのショッピング街からも華やぎが感じられます。フェアフィールド・ホールにはビートルズが出たこともあるんですぜ!
ところでブリストルはロンドンではなく、イングランドとウェールズの境目に位置している結構大きな都市です。

『レコ・コレ』の記事はまだ読んでませんが、青山氏が参考にしたというRhinoのサイトへのドイツ人の投稿は私も読んでいて、ほう、と思いました。「ブルー爺」はどこの国にもいます(笑)。

トニー・アシュトンの例の逸話ですが、ミュージシャンにありがちな「ヨタ話」ではないでしょうか。あんなもん誰が信じるか(笑)。

MOJO誌2001年1月号の記事、'The Price Of Love'は当時私も読んで、滅法おもしろかったので掲示板でも紹介した覚えがあります。それまでに見た、ドミノズについて書かれた一番興味深い文章だったと言って過言ではありません。『レイラ』中ジャケに写っている謎の女性(ケイ)の素性と、彼女の人生の悲しい結末もここで初めて知りました。

ディレイニー&ボニーって、そんなに過小評価されてるかな? デビュー作は当時から名盤とされていたし、充分ネームバリューがあったと感じているのですが・・・。
私が彼らの動いている姿を初めて観たのは、71年夏に公開されたアメリカン・ニューシネマ後期の傑作『バニシング・ポイント』です。主人公が砂漠で遭遇するヒッピー・コミューンの輪の中で歌っていたはず。

デイヴ・メイスンのすばらしかった77年初来日公演で、2度目のアンコール曲としてショウを締めくくったのが、Only You Know And I knowでした。ECの99年ピルグリム・ツアー日本公演用にこの曲がレパートリー候補に上がっている、という信じられない内部情報が直前のWhere's ERIC!誌に載ったことがあり、期待度MAXになったものです。脳内ライヴでお楽しみください(笑)。

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